~使者とは何か?~

2015年06月08日

使者とは何か?

神社や聖地に人は何かを求めて詣出ます。
もちろん色々な意味を込めて。


この章は、神社に訪れる人々がどのように神さまのお役に立っているか、
神さまから見た様子が述べられています。

またこの章以降は、私や使者の会の面々が巡った神社さんとその神さまから頂いたメッセージを、皆さまにお届けいたします。




2008年、夫の故郷である九州に里帰りした際、博多祇園山笠で有名な櫛田神社にお参りしました。
その時、社殿の中より、問われたことがあります。


「おお、使者が参られた」 


「使者?いいえ、私どもはそのような者ではありません。ただの人間です。ご縁を結びたくて、ここに参りました。」
そう申し上げて、感謝の念を捧げ、その場を後にしました。


使者・・・一体何のことだろう。その時は意味が分からず、そうお答えしました。


またいくつかの神社で、やはり同じように声を掛けられることが多くなってきたので、私を導く霊的な存在に、尋ねてみました。


「神社にお参りに行くと、使者が来られたと声を掛けられます。これは一体どのようなことを意味するのでしょうか。」

すると、導き手は、

「まず、神々にはお役目があり、その存在と役割によって、格が与えられている。
 言い換えれば守るべき土地や地域がある。よって神々は一歩もその場所を離れることができない。


 だが唯一許されているのが、神在月(11月)である。
 多くの神々は出雲へと赴き、意見や情報を交換し、これからの日本をどう導き守るのかを相談する。
 これが、年に1度行なわれている。

 普段の神々は、持ち場を離れることができない故に、神々の間を行き来する者が必要となる。
 つまり人のことである。


 特に、無私なる願いを持ち、清き光を発するものが使者となる。神々に己の欲を願う者は、使者とは足り得ず。

 あなた方が赴いた神社にて、使者が来たと言われたのは、
 無私なる光を身にまとい、その光の中に込められた情報を、神々が読み解いたからであろう。


 故に、無私なる願いを持つ者たちは、すべて使者と言える。

 あなたもその中の1人である。

 神と神との情報の交換は、多くはそのようにして行なわれている。
 人の往来のある神社は栄え、人の途絶えた神社は寂れていく。

 あなた方人は、知らず知らずの間に、そのような役割を担っているのだ。」


※人には欲があります。
 神さまもそれを認めています。

 ですからここには無私なる願いを持つ者のみと受け取られるように書かれていますが、
 神さまは人の苦しみや欲などすべて含めて愛でておいでです。

 そして皆さまお1人おひとりが、知らず知らずのうちに、使者としてのお役を果たされているのです。



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